図書かふぇ やまね洞の猫店主です。
とっちらかっております(乾笑)。
気温差の激しさ、湿度の高さにもかかわらず、食欲は、ありがたいことに、ほぼほぼ維持できています。
ただ、肩が固まってきているのか、腕を斜め上方向に伸ばして何か物を取ろうとすると、二の腕部分が "ピキッ!" と痛むようになりました。
これは、ちゃんとストレッチを日常生活に組み込まねば・・・と、内心焦り気味です。(ストレッチで改善するかなあ?)
「楽訓」の「読書」の項も終盤です。恐らく、今回を含めて、残りの ひとつ書き は2つです。
「楽訓」に出てくる項は、
「総論」
「節序」
「読書」
「後論」
の4項なのですが、さて、次はどうしますか。
「総論」に戻りましょうかねぇ。それとも「節序」か。
では、ひとつ書き1つ、読みくだしていきましょう。
★「楽訓」本文(読みくだし)★
無理に読む必要はありません。
読んでみようかなと思った方はチャレンジしてみてください。
そして、次回の猫店主の読み方と違うところがあったら、ぜひ教えてください。
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一、四時にしたがい、月花(つきはな)をもてあそび、折々の景物をめで、その折節にかないたる唐の大和の古き歌を誦(ず)して、心に楽しまんこそ、みずから作る労なく、たはやすくしてと面白き技なるべけれ。
唐(もろこし)の古(いにしえ)、その才あまりありし人も、賓主に対し、その折にかなえる古き詩をかれこれ引きてその情(こころ)を述べしためし、左氏が書などに多く載せたり。これ、我が作らんより、古めかしく理(ことわり)まさりて、人を感ぜしむること深かりしにや。古(いにしえ)の事、法(のり)とすべし。
我が輩(ともがら)つたなき詞(ことば)をもって、なまじいにふようなること言い出すは、みずからはいみじと思えど、詩歌を知れる人の見る目も恥ずかしく、顔之推(がんしすい)が言える詅癡符(れいちふ)の誹(そしり)免れがたかるべし。
我がごとき輩、才つたなくて、詞(ことば)を巧みにせんとする苦しみ、いといたづがわしく覚ゆ。もし、天才ある人、たはやすく作り出さんは興(きょう)あるべし。されど、そも五字の句を吟じ成して、一生の心を用い破るは益なし。
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★猫店主の一言(補足とまとめ)★
~読みくだしを読むために参考となる用語・人物ポイント紹介~
四時(しじ)=四季
景物(けいぶつ):花鳥風月など、四季の風物。興味をそそる物
たはやすし = たやすい
賓主(ひんしゅ):賓=お客さま、主=あるじ。
いたづく:懇ろに扱う、いたわる/骨折る、つとむ
左氏=左丘明(さきゅうめい):春秋時代の学者。孔子の書『春秋』の解説書『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』をあらわしたとされる。
顔之推(がんしすい):531?-602/603
南北朝末期の学者。山東省出身。孔子の高弟の家系の人。『顔氏家訓(がんしかくん)』をあらわす。
『顔氏家訓』:7巻。600年ごろ成立。子孫のためにさまざまなことを自分の知識経験に基づいてまとめて教え諭した書。子育て、家族、勉強など生活する上での知恵を記録する。日本には、平安時代には入り、江戸期には刊本として流布していた。
詅癡符(れいちふ):『顔氏家訓』第4巻第9 文章篇、2に出てくる言葉。
直訳的には、「自分の愚かさを見せびらかす札」。
<当該部分のざっくりまとめ>
文章の才能は生まれつきのものだが、その才能もないのに自分の文章は清華だと思って披露するような人がいる。そういう人を、江南では「詅癡符」と呼ぶ。
※林田氏訳では、「馬鹿の看板だ」とされています。(P92)
[参考文献]顔之推/林田愼之助(訳)『顔氏家訓』講談社学術文庫 講談社 2018年
今回はちょこちょこと引用がありました。
現代の感覚というと、 銀英伝で、ヤン・ウェンリーがこう言ってたよね~ とかなんとかに近いかなあと思います。
今度は現代語訳版です。
よろしくお付き合いください。