図書かふぇ「やまね洞」で居眠りしていたいけど(猫店主の活動報告・本に関するあれこれとか)

"エア"な店「やまね洞」のひとり者、猫店主が、本やら珈琲やら喫茶やらのまわりをのそのそしています。 主に「歴史」「本(たまにマンガ)」「珈琲」「糖尿病」「介護」「終活」といったテーマを行ったり来たり。

【本棚整理中】近くて遠いのは昔から。

27日の南北首脳会談の模様が報道されて、朝鮮半島が注視されていますね。
一筋縄ではいかないと思いますが、朝鮮戦争終結が実現すると本当にいいなあと思います。1953(昭和28)年からいまだに「休戦中」ですから、休戦してからでもう65年。既に歴史。

 

でも、北朝鮮は、2015年8月15日から、東経135度(日本・韓国と同じタイムゾーン)から東経127度30分に基準時を変更したそうです。約30分、時差ができているとのこと。だから、板門店に登場した時間が10時じゃなかったんですね。ややこしいことです。

 

toyokeizai.net

 

戦後70年ということで変更したようですが、こんなことからして違っている、北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国)と大韓民国終戦朝鮮半島の平和なんて、はるかに遠い道のりですが、まずは第一歩。進んでいくことを祈りつつ、注目していきたいと思います。

 

さて、遣唐使の昔まで戻る必要はないかと思いますが、古くから朝鮮半島や中国大陸と日本は、海を挟んで交流や商売を行ってきています。主に対馬を経由するルートと琉球(沖縄)を通じて行うルートがありました。

 

室町期~戦国時代~江戸初期(16~17世紀初頭)は、交流が非常に活発だった様子が比較的よくわかる時期です。中国は「」及び「」の時代、朝鮮半島李氏朝鮮(りしちょうせん)時代の明宗(ミョンジョン:在位1545-1567)あたりから仁祖(インジョ:在位1623-1649)あたりというところ。韓流ドラマでいったら「チャングムの誓い」とか「馬医」とかのころになりますか。

 

このころは基本的に、日本国内では大型船があまり存在しなかったようです。

 

海に囲まれている日本は、どこかに移動するために船を使うとしても、風頼み、人力頼みで、沿岸に沿って航行していくことで移動ができていました。ですから、それに適した船を作る技術は発達しても、黒潮に乗り、または乗り越えて、ある程度長い距離、荒れる海を渡れるような船は国内的には必要なかったことになります。

 

そのため、大陸間の航行を行って交流するためには、中国大陸から大型船(ジャンク船*1)が導入され、使われました。そして、江戸になれば海外渡航は禁止ですから、大型船を作ることもNGとなり、菱垣廻船北前船弁財船)がせいぜいという形になっていきます。

 

こうした船は、以下のところに復元保存されていますが、今後も残されていくためには課題が満載。

 

1.サン・ファン・バウティスタ(1993年復元)
 宮城県慶長使節船ミュージアム(サン・ファン館)で展示中

 

2.菱垣廻船「浪華丸」(なにわまる)(1999年復元)
 閉館された「なにわの海の時空館」(大阪市)に保管されており、非公開*2

 

実際、見ると、その大きさ、狭さ、工夫のかたまりであることが実感できますから、見に行く機会があれば見られることをオススメします。そして、猫店主は、こうした日本の船について知りたくなったら、これらの本を引っ張り出すのです。

 

安達裕之『日本の船 和船編』

日本海事科学振興財団 船の科学館 1998年


 

山田廸生『日本の船 汽船編』

日本海事科学振興財団 船の科学館 1997年

 

いろいろな画像も多彩にあって、小難しいこともなく、間違いのない船の歴史を知ることができます。

 

*1:余談ですが、大河ドラマの「平清盛」(2012年)で出てきました

*2:小嶋良一「復元された菱垣廻船「浪華丸」の意義について」(『日本船舶海洋工学会講演会論文集』22 2016年)

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