早速読んでいきたいところですが、書いた人のことをちょっとだけ知ってから読むとまた印象が違ってくると思いますので、その辺から始めたいと思います。
★著者の貝原益軒(かいばらえきけん)という人★
「貝原益軒ってどんな人?」と改めて聞かれたら、どう答えましょうか。
- いろいろ知ってるおじいちゃん
- 結構細かい
- 健康オタク
- 旅行好き
- 愛妻家
こんな感じかもしれません。
一応、事典的なことを簡単にご紹介。
寛永7(1630)年生まれ。徳川家光の治世で、この2年後に秀忠が亡くなりますから、江戸初期から中期にかけて生きた人になります。
若いころは父親を助けて、生まれた福岡のほか、江戸、京都、長崎に住み、木下順庵(京都の朱子学者)や宮崎安貞(「農業全書」の作者)などと交流。
かなりの博学、インテリに属すると言えるでしょう。
39歳で結婚しますが実子はなく、養子問題で苦労しながらも、病弱の妻と仲よく過ごし、彼女の薬を作ったり、ともに旅行に行ったりしています。
71歳まで福岡藩に仕えました。引退後に著述を本格化させ、地元の歴史を記録したり、子供たちに対する教育論や生活に関するものをあらわしたり、ベストセラー作家さんになります。
83歳(正徳4(1714))のときに妻を見送り、翌年、体調を崩して亡くなりました。
貝原益軒といえば『養生訓』と思いがちですが、動植物や鉱物1362種類についてまとめた「大和本草(やまとほんぞう)」(本編16巻 付録2巻 図譜3巻)という大著もあります。これは彼のライフワークともいえるようなもので、辞書のように使える本です。
★「楽訓」という本★
分類としては「教訓本」、つまり、 "生き方本" になります。
初版は宝永7(1710)年に発行され、その後、宝永8(1711)年、享保6(1721)年、文化12(1815)年に発行された本が残っています。江戸期を通して長く読まれています。
3巻本(上・中・下の3分冊)になっていて、大きく4つ、「総論」・「節序」*1・「読書」・「後論」というテーマで書かれています。ちょっと変則ですが、下巻の「読書」が、取りかかりやすいかと思われるので、そこからはじめたいと思います。
じゃ、次回から本文に入っていきましょう。
原文というか、読みくだし文も載せていきますが、無理に読む必要はありません。読んでみようかなと思った方はチャレンジしてみてください。飛ばして読んでもOKです。
ただ、海外作品の翻訳作品を楽しむ場合と同じように、原文の言い回しをどう考え、読み解くかという難題(「突っ込みどころ」という声が聞こえそうだけど・・・)を一緒に楽しんでいただければうれしいです。
感想、ご意見、何でもあればお気軽にお寄せください。
よろしくお願いします。
*1:節序:順序。季節のかわりゆく様子。